憑き物落し「三味線ブーム」

とあるコミックバンドに端を発する三味線ブームは何故か世界規模に広がり、
以後10年以上に渡り動物愛後団体とワシントン条約に喧嘩を売りながら
世の血統書付きの猫を縊り殺し続けた。
当初、使用される皮の材質や製作者と言った三味線本体の価値を競う形で始まったこのブームは、やがてエア三味線や口三味線などのパフォーマンスを生みだし、ついにはロック、レゲエ、ラップ、果ては日本舞踊にいたるまで、あらゆるジャンルに三味線の音色を定着させる事となる。

"HumanBody"は、ある意味で三味線ブームの徒花と言えるバンドだった。
自らの皮を使用したエレキ三味線を人体模型さながらの姿でかき鳴らす彼らは、しかし幸か不幸か音楽的才能には恵まれていた。
"HumanBody"はその性質から表舞台に出る事こそ無かったものの、それ故に熱狂的なファンを生み、彼らの楽屋には連日ファンからの生皮が届いた。

二人が出会ったのは"HumanBody"の地方ツアーだった。
男は地元の狂信的ファンで、死に物狂いで手にいれた最前列のチケットと楽屋に差し入れるための箱を握り締めて、血の滲む包帯を気にしながら列に並んでいた。
女は結成当時からの狂信的ファンで、メンバーから送られた最前列のチケットを手に、列を横目に悠々と歩いていた。
ふと、二人の目が合った。

あ、おなじだ

お互いの腕に、脚に、首に、顔に、頭に巻かれた包帯を見てそう思った。


こうして二人の交際は始まった。
容姿は問題ではなかった。それは皮一枚で決まる物で、それは既に無かった。
性格は問題ではなかった。二人は狂信的なファンだった。
やがて二人は結婚し、子供にも恵まれた。可愛い子供だ。
幸せを絵に書いたような家族だった。

5年の月日が過ぎ、腕の中で眠る息子を見ながら妻は言った。
「本当に可愛い。きっとあなたに似たのね。」
「…君には似てないのかい?」
夫は不可解な表情を浮かべて言った。息子は全く自分に似ていなかった。

一瞬の沈黙

妻は息子の顔に爪を立て、一気に顔の皮を剥ぎ取った。

「ほら、目元なんてあなたにそっくり」